天使的淑女~時には冷たく、しなやかに 「何を考えているんだ、準?」 紫色のはんてん(近所の洋品店で1980円だった)を羽織った一八は、斜め向かいにいた、こちらも色違いの赤いはんてん(やはり近所の洋品店で1980円だった)を羽織っている準に訊ねた。 2月下旬のある日曜日。冬ももうそろそろ終わりに近づいているというのに、今日は雪がちらついていた。 よどんだ空から舞い降りてくる白い結晶は、春がまだ遠いという事を示していた。 ここは、三島家の居間。一八の向かいでは父の平八が十万石饅頭(埼●銘菓)を頬張りながらスポーツ新聞を読んでいる。傍らでは、彼のペット兼相棒である熊がお手玉をしていた。彼のごつい手ではなかなか上手くいかないらしいが、諦めずに何度もチャレンジしている。 二人が6月に結婚してから、早8ヶ月が過ぎていた。彼らの愛の結晶である子供もあと2ヶ月程で生まれてくる。準のお腹もかなり目立ってきている。 その準がお茶を入れながらさっきからくすくすと笑っている。だから一八は冒頭の質問をしたのである。 「そんなたいした事じゃないわよ」 お茶を入れる手を止め、一八の方を向く。が、くすくす笑いは止めていない。 「そんな事言っても気になるだろうが」 「本当、たいした事じゃないんだから」 「そんな言い方されたら余計気になるだろ。教えろ」 準の肩に手を置き、力をこめる。 「お前がどうしても吐かないというのなら、こっちにも考えがあるぞ」 「もう。どうしてあなたはすぐ暴力に訴えようとするの!?」 そう言ってぴしりとその手を払いのける準。出会った当初の頃と違って、このくらいの脅しはもう通用しない事はお互いに分かっている。 「仕方がないわ。話してあげるわね」 ふう、と息を吐き、目を細める。話してくれると言った時点でその内容についてはもう興味を失っていたが、一八は一応聞くふりをする。要するに一八はただ準にかまってもらいたかっただけらしい。 「この子の事を考えていたのよ」 そう言ってお腹に手を当てる準。なんだ、そんな事か、本当にたいした事なかったな、と一八は思ったが、態度には出さないで、 「そうか」 と、短く答えた。 「生まれてくる子にどんな名前にしようかな、とか、あなたと私のどっちに似てるかな、とか、やっぱり護身術として武道は習わせた方がいいかな、とか・・・そういう事を考えていたらなんだか楽しくなってきちゃって・・・」 「そうか」 全く関心はなかったが、付き合いで頷いておく。早くこの話題から離れたかった。 子供など生まれたら、準をその子供にとられてしまうではないか、だったら子供などいらない、と常々一八は思っていたのだが、子供ができた時喜ぶ準の顔を見たらそんな事は言えなかった。たぶん生まれてきた子供にも自分は愛情を注いでやれないのではないかと思う。 今でこそ大分穏やかな間柄になったが、一八も父から愛情を与えられたという記憶はない。昔から父を倒す事ばかりを考えていた。拳法を教えてくれたのは父だが、気づいた時には父は自分の憎しみの対象のうちの一人だった。穏やかな関係とはいっても、今でも時折激しい親子喧嘩をする。大事に至る前に準が止めるけれど。 「ねぇ、一八は子供の名前はどんな名前がいいと思う?」 子供の話題はまだ終わってなかった。うっとうしいと感じていた一八はつい思っていた事を口にだしてしまう。 「名前なんてただの記号だ。なんだっていいんじゃないか?俺が一八だから子供は一九にでもしろよ」 思いのほかキツイ言葉になってしまった。準の顔色がみるみるうちに変わっていく。 「そんななげやりな言い方する事ないでしょ?あなたが子供が出来た事をあまり喜んでいないのは気づいていたけど、大事な子供の名前なのよ?」 やばい、と一八は本能的に悟ったが、一度口をついて出た言葉は止まらなかった。 「たかが子供の名前だろうが。そんなのにいちいちかまってられっかよ。お前が好きに決めればいいだろ」 言葉が終わらないうちに何かが飛んできた。反射的によける一八。それはべちっと乾いた音を立てて後ろの壁に当たった。 熊が興じていたお手玉だった。 「だいたい!あなたは!いつもそうなのよ!!自分の話は聞いてもらいたがるくせに、人の話は全然聞かないで!!!」 傍らにいた熊からお手玉を奪い取り、次々と一八に向かって投げていく準。熊が不満そうな鳴き声をあげるが、無視する。 しかしそんなものが一八に当たるはずもなく、ひょいひょいと避ける一八。それが準は憎らしくてたまらない。 お手玉はすぐになくなり、そのへんにあったものを準は手当たりしだいに投げていく。 せっかくの十万石饅頭が空を飛ぶ。 熱いお湯の入ったポットが宙を舞う。 お茶の入った急須や湯飲みが中身を撒き散らしながら散らばった。 「あなたのそういう自分勝手な所が嫌いだわ・・・」 眉をつり上げ、せっかくの美人の顔をだいなしにした準がそう言えば、 「俺はお前のそういうヒステリーな所が嫌いだな」 こちらは元々冷淡な顔の一八が冷たく言い放った。 売り言葉に買い言葉。後悔してももう遅い。 「!!」 それを聞いた準は怒りで頬を高潮させた。そろそろと部屋の隅に避難しようとしていた熊をむんずと抱えあげ、一八の方へとぶんっと放り投げる。 ごてっ 「うぼぁっ」 「うぐぅ」 今度はさすがに避けられずクリーンヒットした。一八と熊の苦悶の声が重なる。 「もう、よ~っっっく分かったわ。あなたのそういう所に私は耐えられない。実家に帰らせていただきます!!」 そう宣言し、部屋を飛び出す準。 待つんだ、準さん、と止める平八の言葉にも耳を貸さず、当然、部屋で熊の下敷きになっている一八には目もくれず、いずこかへと走り去ってしまった。 「おい、熊早くどけ。あいつが行っちまうだろ!!」 「グォ・・・」 「親父!!準を止めろよ!!!」 「わしに命令していいのは、死んだ母さんだけじゃ。誰がお前の命令など聞くか」 そう言い、入れなおしたお茶をのんびりとすする平八。十万石饅頭も拾って傍らに置いてある。 「ボケかましてる場合か!!準がいなくなっちまうだろうが!!」 「お前の自業自得だろうが」 「なんだと!!?」 再びの不穏な空気を感じてか一八の上からこそこそと避難する熊。そして3日に及ぶ親子喧嘩が幕を開けた。 その頃準は実家の屋久島に帰っていた。 「もう三島家には戻らないでここで子供を育てようかしら・・・」 そんな考えも頭に浮かんだ。 あれから3日。人の姿は見えず、動物や植物たちしかいないこの空間は、三島家にいる時よりも彼女を本来の姿に戻すような気がした。 この場所にいるのが自分にとって自然な姿なのかもしれない。 ばさっばさっ 準の考えを中断するかのように何かの羽音が聞こえた。ここ3日で友達になった鳥かもしれない。そう思い準は空を見上げた。 鳥にしては、シルエットが大きいわね・・?あと、音もなんか変だわ・・・ そう準が気づいた時、それは彼女の前に降り立った。 紫の裸体。背中から生えた邪悪な翼。人のものとは思えないその表情。 デビル一八だった。 「何しに来たの・・・?」 固い表情で準は訊ねる。せっかく都会を離れてここで暮らそうと決心した所だったのに。 「迎えに来た」 単純明快に答える一八。 「その割には来るのが遅かったわね?もうあれから3日たってるわよ?」 準は視線をそらして意地悪く言う。すぐに迎えにきてやったなら許してあげたのに。 「親父と久しぶりに激しいバトルをしてな。これじゃいつまでたってもお前を迎えに行けんから、デビルになってとっとと片をつけてそのまま迎えに来た」 「・・・よくここにいるって分かったわね」 「お前がここ以外に来る場所なんてないだろ」 「分かんないわよ?誰かあなたより素敵な男性の所にいた可能性だってあるんだから」 「馬鹿言うな。お前が俺以外の男に満足できるわけないだろ」 自信満々に言うこの男を準は笑う事ができなかった。「実家に帰る」と言ったけど、別に誰の所に行っても良かったはずだ。一八は準の交友関係など知らない。だから彼の知らない友人の所にでも行けば一八は迎えに来られなかったはずだ。 屋久島に戻ってきたのは一八ならここに来てくれると思ったから。 そう考え、準は苦笑する。結局自分はこの男の失言を許してしまっているのだった。 「じゃあ帰るぞ」 ぶっきらぼうに差し出された手に準は自分の手を重ねた。 「おい、子供の名前だがな」 ばっさばっさと羽ばたきながら一八(デビル)はふいに準に話し掛ける。一八は準を抱え上げ、そのまま屋久島から三島家へと帰っていた。 「“仁”なんてどうだ?」 「仁・・・」 「仁という言葉には『慈しむ、親しむ、思いやり、情け』といった意味がある。全てのものを慈しみ、全てのものに親しみ、全てのものに思いやりを持てる人間に育って欲しい、という意味をこめてある。」 俺には無縁な言葉ばかりだな、と胸の内で呟く。 「仁・・・」 その名前を反芻する準。直後、顔を輝かせる。 「いい名前だわ、一八!!仁、うん、すっごくいい名前よ。私のエコロジカルな考えにもぴったり一致するわ。なんだ。『名前なんてただの記号』だなんて言ってたわりにはちゃんと考えてあるんじゃない。」 嬉しそうにする準を見て、一八を嬉しくなった。『よい名前の付け方』『名前が人生を決める!』『姓名判断』など子供の名前の付け方に関するあらゆる本を読んで勉強したかいがあったというものだ。 「一八・・・大好きよ」 「俺もだよ・・・準」 高度ウン千メートルの空で二人は口付けを交わす。 「そしてあなたも愛しているわ、仁」 そう言って慈しむようにお腹をなでる準。一八はお腹の中の子に対して少し嫉妬するが、表情には出さなかった。 それから約二月後。準は無事に男児を出産した。 それから先の話はまた別のお話。 2001年6月17日脱稿 <コメント> ♪消えるひこ~きぐも~~追いかけて、追~い~かけて~♪ふう。5000番キリバンを踏んだ春海さんのリクエスト、一八×準の話です。 再三言っておきますが、私は鉄拳をよく知りません。私が知っているのは、鉄拳少女漫画と鉄拳のOVA。あとはゲームを少しやってシャオユウの10連コンボが出来るというだけです。 んで、設定めちゃくちゃかもしれません。そしてこの話は一応100番キリバン小説「悪魔的紳士~時には優しく、たおやかに」の続編となってます。まぁ単独でも余裕で読めますが。 元々書き始めたのは5月20なのに、今は6月17日。春海様、ほんっっとうに遅くなってすみませんでした。 というわけで、キリバンリクエストありがとうございます。こんなつたないものですが、もらってください。ではでは。 厳密に私が『金魚倶楽部』キリ番踏んだ訳じゃないのです 一年程前に、soyuko君から天使的淑女の使用許可を貰ったよな… という事で遠慮なく思う存分に載せました あれから10年経つけど一八×準は良いよね。原点回帰です TTT2が稼働するんで英気を養います 2011.07.27 |