2.
12月24日、クリスマスイブ。
パーティ当日は雪の降りそうな天気だった。
この分だとホワイトクリスマスも夢ではないかもしれない。

午後6時。部室に不二の姉、由美子から届けられた9着の正装を、それぞれが身につけた。
乾のデータは正確で、皆それぞれのサイズはぴったりだった。
試着すらしていなかったのに、腕が長すぎたり、着丈が短かったりという事は全くない。

不二と乾の力によって、これらの服の代金は全て跡部景吾の秘密預金より引き落とし済みだ。
秘密預金の方が万が一ばれた時にも融通が利きやすいだろうという乾の入れ知恵による。


午後6時半。部室に遠慮がちなノックが響き、桜乃が到着した。
ドレスの上にコートを着ているので、ピンクのチューリップをイメージしたドレスがどれほど彼女に似合っているかは確認する事ができない。
会場に着いてからのお楽しみである。


不二はタクシーを2台呼ぶと、皆で校門前へと移動した。




跡部家の正門前で降ろしてもらい、料金を払った。
さっきからずっと同じ模様の壁が続いていると思っていたが、これらは全部跡部家の塀らしい。
その広さに一同はまず驚いた。

正門前では屈強なガードマン二人が来訪者のチェックを行なっていた。
桜乃のみが正式な招待状を持ち、他のメンバーは乾の作った偽造招待状を見せた。
ガードマンはノーチェックで10人を通す。
乾がニヤリと笑い、不二が邪悪な笑みを浮かべた。

とりあえず、第一関門は突破したのだ。




『跡部景吾主催:ディナーショウクリスマスパーティ』という不思議な看板の矢印に従って、一行は角を曲がる。
眼前に、旧ブルボン調の巨大な建物が見えた。
どうやらパーティ会場はそこらしい。

「いよいよだね」
「ふふふ・・・楽しみだよね」
「あ・・・あの・・・リョーマ君、あんまり跡部先輩に迷惑かけないでね?」
「それは向こうの態度次第だよ」

口々に勝手な事を言いながら、玄関ホールへ入る。
高い天井にシャンデリアが輝き、床には真紅の絨毯がひかれていて、目の前には大きな螺旋階段があった。

足を踏み入れた途端に警報が鳴り響き、9人は桜乃をかばうように円陣を組んだ。
床がぱかっと開き、黒々とした闇が広がった。
円陣の中心にいた桜乃のみが残され、あとのメンバーは床下へと落ちてしまう。

「リョーマ君っ!!」

桜乃はリョーマに必死で手を伸ばしたが、リョーマの手に届く前に、床は何事もなかったかのように元に戻った。

ど、どうしよう・・いきなり皆が、リョーマ君がいなくなっちゃった・・・
桜乃は不安と恐怖で胸が押しつぶされそうになり、泣きそうになった。

そこへ。
「なんや。セキュリティが作動しよったと思ったら、可愛いお姫さんがおるやないか」

中途半端な長髪の眼鏡の優男が、階段の上から桜乃を見下ろした。
一歩一歩、階段を降りてくる。
階段の手すりの上にもう1人影が見えた。

「侑士。今の青学の奴等だぜ。菊丸がいたのが見えたからな」
「ほんまか?・・・ちゅー事は、この姫さんが跡部が執着してるっちゅう、桜乃ちゃんか」

桜乃の前に降りてきた優男は、至近距離で桜乃の顔をしげしげ見ると、はっとしたように声を上げた。

「あかん!!この姫さん、泣いとるやんか!!・・・なぁ、どうしたんや?1人になって、心細うなったんか?」
「あ、あの・・・」
「俺が側にいとるから、泣きたかったら、ちゃんと泣いとき。あ~・・でも、跡部が来よったら面倒やなぁ。・・・岳人!!」

桜乃の肩になれなれしく手を置き、その涙をそっと拭いてから、忍足侑士は階段上の相棒、向日岳人を見上げた。
呼ばれた岳人は「なんだよ」と面倒くさそうに返事をする。

「いつものヤツ、やっとき!!」
「はぁ?いつものってアレかよ?」
「そうや!アレや!!この姫さんにお前の技を見せてやるんや!!」
「え~~?めんどくせーなぁ・・・」

口ではそんな事を言いながらも、岳人はやる気満々でその場でぴょんぴょんと数回跳ねる。

「桜乃ちゃん、よく見とき」

忍足に言われて桜乃は上を見上げた。
ちょうど、岳人が階段の手すりを蹴って、飛び降りた所だった。

「きゃっ」
「大丈夫やから、ちゃんと見とき」

桜乃は一瞬目をつぶった。忍足が安心させるように桜乃の肩を叩く。

忍足の言葉通り、岳人は空中で華麗に月面宙返りを決めると、玄関ホールの真紅の絨毯の上に綺麗に降り立った。
どこにあったのかいつの間にか審判席が設けられていて、そこにいた3人の審判全員が10点満点を出した。

忍足はそれを見ながら桜乃にこっそり呟く。

「ほら、見てみ?アイツいっつも階段1つ降りるのにああやって降りなあかんのや。おかしいやろ?ほんま笑えるやろ?やったら、もう泣き止んで笑顔を見せてな。な?」

桜乃の顔を覗き込んでいた忍足の顔が途中で固まる。
彼の視線の先には岳人がいて、怒りで目を吊り上げていた。

「ひっでーや、侑士。お前いつも俺の事、そんな目で見てたのかよ!!」
「ちゃうちゃう。これはギャグの1つや。いちいち本気に取るなや」

言い争いを始めた二人を見て、桜乃は自分のせいだと泣きたくなった。

「あ~~もう、姫さんがまた泣きそうになってるやないか。よし、岳人。もういっちょ、跳んでみ?」
「くそくそ侑士め!!俺の事馬鹿にするヤツの為になんか、跳ばねぇよ。てめぇで跳んでみそ」


ぎゃーぎゃーと玄関ホールで騒ぎ立てる音を聞きつけたのか、階段の上にまた影が現れた。
おかっぱ頭の二つの影は、階段下の二人を冷静に見つめると、片方が冷たい声で呼びかける。

「忍足先輩。向日先輩。少し五月蝿いですよ。静かにして頂けませんか?」
「そうそう、五月蝿いよ、君達」

言い争っていた忍足と岳人はその声にぴたりと喧嘩をやめ、階段の上を見上げる。

「・・・・日吉と滝か。お前等も来とったんか」
「・・・・・・・・・部長になれなかったとはいえ、俺も氷帝テニス部の一員ですから。下克上の為ですよ」
「・・・・レギュラー落ちしたとはいえ、俺も氷帝のテニス部だからな。跡部が招待状くれたんだよ」

忍足の台詞に、日吉若と滝萩之介は暗い声でそれぞれ答えた。

ふん、と忍足から視線をそらした日吉は、忍足の横でおどおどしている桜乃を見つけた。
確か、あれは跡部先輩のお気に入りの女の子だったはずだ、と、日吉は考える。

跡部先輩お気に入りの女の子に好かれる→跡部先輩を見返す事ができる→下克上完成

という図式がすぐさま日吉の脳内に描かれる。

「下克上だっ」

日吉は呟くと、階段を一気に踊るように駆け下りた。
上で見ていた滝がひゅ~っと口笛を吹き、「やるね~」と呟いた。

日吉は桜乃の前に歩み寄ると、その手を取って優しく口付けた。

「氷帝学園2年の日吉若です。以後お見知りおきを」
「あの・・・知ってます。確かリョーマ君に負けて泣いてた人ですよね?」

桜乃の無邪気な問いに日吉は嫌な過去を思い出し、ぴきっと固まった。

あれが下克上のきっかけになるはずだったのに。
あの試合に勝利さえすれば、自分は氷帝学園に勝利をもたらした男として、確固たる地位を築けるはずだったのに。

それが試合に負けたせいで、下克上はおろか正レギュラー落ち。
宍戸の例もあるので1度レギュラー落ちしても根性さえ見せればレギュラー復帰は可能だとは思うが、それではあまり意味が無い。

2年で唯一試合に勝った鳳が部長になったのも許せなかった。
部長に一番近い男は日吉若、彼だったはずなのに。

嫌な過去を思い出させてくれたおかげで、日吉は考えを変えた。
紳士的に行こうと思っていたが、少々乱暴でも桜乃を手に入れるという考えに方向転換する事にした。

桜乃の肩を強引に引き寄せると、怯える桜乃の腕をつかむ。

「こっちに来いよ」
「きゃっ」
「ちょ・・・日吉、女の子に乱暴すんなや!」

忍足の制止の声もものともせず、日吉は桜乃を引っ張って踊るように階段を駆け上がる。
あわれ桜乃が連れ去られそうになった時。

「日吉、何してるんだ!」

声と同時に誰かが日吉の前に立ちふさがった。
長身の体を大きく生かし、日吉の進路を塞いでいる。
今一番見たくなかった顔を見て、日吉はちっと舌打ちをする。
その音は隣にいた桜乃にしか聞こえなかったが。

日吉の横にいるダッフルコート姿の桜乃を見て、鳳長太郎は目を見開いた。

「竜崎さん?あれ?来てたんですか?」
「あ、鳳先輩・・」

直接面識があるのは文化祭のあの日、たった1回だけだが、親切にされた事を桜乃は覚えている。
自然、鳳に助けを求めるような目をした。
桜乃の怯えた目を見て、鳳は日吉をきっと睨む。

「日吉。竜崎さんから手を離せよ」
「鳳。君には関係ない。俺は彼女と話があるんだ」
「話?・・・竜崎さんは嫌がってるみたいだよ。いいから離せよ、ほら」

鳳はつかつかと日吉に近付くと、桜乃を掴んでいた方の手をねじ上げた。
日吉は苦痛に顔を歪ませ、桜乃の手を話す。

「古武術って言ってもたいした事ないんだな。・・・・竜崎さん、大丈夫?怪我はない?」
「はい、平気です。あの・・・鳳先輩、ありがとうございました」

丁寧にお辞儀をして御礼を言う桜乃に、鳳は「どういたしまして」と爽やかに笑った。
桜乃も安心したように笑う。

二人の間に穏やかな空気が流れた。


「お前等、何二人の世界作ってんだよ。もうそろそろパーティが始まるぞ?」
「あ、宍戸さん」

階段の中腹にいた鳳は、最上段にいる宍戸亮を見上げた。
正装をしているので普段はいつも被っている帽子を脱いでいる宍戸は、いつもとは違った雰囲気で、桜乃は一瞬それが誰なのか分からなかった。

「おい、長太郎。その女と一緒にいるとまた跡部になんか言われっぞ」
「大丈夫ですよ。俺は日吉から彼女を助けただけですから」

そう言いながら鳳は鋭い目で、立ち去ろうとしていた日吉を睨む。
日吉は、鳳に何も言わずに滝と一緒にホールの向こうへ消えていった。


「竜崎さんもパーティに?」
「あ、はい・・・でも、一緒に来たリョーマ君とか先輩達が急に消えちゃって・・・」

心細さを思い出したのだろう、また桜乃が泣きそうになる。

「鳳っ!!女の子を泣かせんなや!」
「ああもう、忍足先輩。俺だって泣かせたくてやってるわけじゃなくて!!」
「あーもう、うぜぇな。だから女は嫌いなんだよ」
「へへーん。宍戸はそんなだから彼女の一人もできないんだよ?」
「うっせー岳人。お前だっていないだろうが!!」

わいわいがやがやという音が玄関ホールに響く。
その時、大きな欠伸の音がホール内に響き渡った。

「ふわぁぁぁああああ、よくねた~」

玄関脇に置かれたソファーから、眠そうな目をしてくしゃくしゃ頭の少年が起き上がった。
今の今までそこに人がいた事に、その場にいた誰もが気付かなかった。
少年は、きょろきょろと辺りを見渡すと、「ふわぁ~まだねむいよ・・・」と言いながら再びソファーに倒れこんだ。

「・・・ジロー先輩、居ないと思ったらあんな所で寝てたんですね」
「ちっ、仕方ねぇな」

鳳がくすりと笑う。
宍戸がツカツカと芥川慈朗の寝ているソファーに近寄った。
ソファーにがんっと蹴りを入れる。

「おら、ジロー、起きろよ、もうパーティ始まんぞ?」
「ふわぁぁぁ・・・・あ、ししどだ・・・・おはよ」

ジローは眠そうに目を開けると、またその目を閉じてしまう。
宍戸がため息をついてもう1度ソファーに蹴りを入れようとした時。


玄関ホール中に高らかにトランペットの音が響き渡った。


パパラパパパパパ、パララッパパパパ~


その音にびっくりして、ジローが飛び起きる。

「うわ、なんだっ」

他のメンバーもびっくりして辺りを見渡した。
天井を見上げていた岳人が声を上げる。

「あ、あそこっ」

天井からゴンドラに乗り、跡部景吾と樺地宗弘がゆっくりと降りてきた。
「結婚式の入場かいな」と忍足が小さな声でツッコミを入れた。

ゴンドラから降りた跡部はその場にいたメンバーを見渡すと、桜乃の顔を見つけ顔をほころばせる。

「桜乃ちゃん、来てくれたんだな」
「あ、はい、跡部先輩。あの・・・リョーマ君達が・・・」
「アーン?あいつ等の事は気にすんな。気にするだけ無駄だからな」
「でも・・・」

まだ何か言いたそうな桜乃の口に指を当て、跡部はその言葉を止めた。
桜乃の肩を抱き、鳳、宍戸、忍足、岳人、そしてジローの順に顔を睨む。

「俺のいない間に誰か桜乃ちゃんに変な事してないだろーな?」

全員揃って首を振った。
この場にいない日吉なら桜乃を連れ去ろうとしていたが、それを跡部に密告するほど性格の悪い者はここにはいなかった。
跡部を超える事を目標にしている日吉が、跡部に嫌われるのはかわいそうだと思ったのだ。

ジローが目を輝かせながら跡部に近付く。
桜乃の顔をじ~っと見つめた。

「なーなー跡部。その子ってお前のこれ?」

そう言いながらジローが中指をびっと立てる。
跡部はあきれた顔をして「違う」と言った。

「え?違うの?」
「お前の立てる指が違うんだよ。そういう場合立てるのは小指だ」
「え、あ、そうなの?」

自分の指を見つめ折りながら、ジローは口の中で何かをもごもごと言った。
どの指が何なのか、確認をしているらしい。
鳳が親切に、中指立てるのは相手を愚弄する時ですよと教えてあげていた。



桜乃の肩を抱いた跡部が、桜乃に何事かささやくと、桜乃は赤くなってうつむいた。



パーティ始まりまで後少し。

氷帝学園テニス部ご一行様ご案内、である。






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2002年12月21日







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